村上春樹おすすめ文庫

ノルウェイの森(上) 村上春樹著

ノルウェイの森(上) 村上春樹著


原作:村上春樹

出版:講談社(文庫本)304ページ

発売:2004/9/15


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限りない喪失と再生を描く究極の恋愛小説!

暗く重たい雨雲をくぐり抜け、飛行機がハンブルク空港に着陸すると、天井のスピーカーから小さな音でビートルズの『ノルウェイの森』が流れ出した。

僕は1969年、もうすぐ20歳になろうとする秋のできごとを思い出し、激しく混乱し、動揺していた。

限りない喪失と再生を描き新境地を拓いた長編小説。




レビュー1

村上春樹の小説は「駄作」か「名作」かという両極端な評価に分かれることが多いようです。

本作「ノルウェイの森」もその例に漏れることなく、やはり評価は賛否両論ですが、事実として「ノルウェイの森」は、ノーベル文学賞候補に毎年選ばれるほどの作家の代表作であり、世界の各国でベストセラーになるほどの小説であるわけですから、本質的に「名作」なのか「駄作」なのかはさておき、それだけの「魅力」が、小説内のどこかにあることだけは誰にも否定できないことでしょう。

「駄作派」の人たちには、夏目漱石や谷崎潤一郎などの、日本文学の名作と呼ばれる小説に数多く触れ、読書経験が豊富で、いわゆる「文学通」といわれる方が多いようです。

否定の方法も、「展開や登場人物の行動に根拠がない」や「過去の名作のような深みがなく薄っぺらい」など、自分の文学観に照らし合わせた意見がほとんどで、平たく言ってしまえば「私にわからないのだから、面白い訳がない」という気持ちが、「駄作派」の大部分を占めている本心のような気がします。

逆に「名作派」の人たちには、あまり文学に詳しくない方が多いようで、「何だか分からないけど、面白い」という無邪気な感想が頻繁に見受けられます。

ここで注目したいのは、文学に詳しい人たちは小説の魅力を理解できず、そうでない人たちには、理解できるという、逆転の現象が起こっていることでしょう。

とにかく「駄作派」の、否定の調子の激しさはすごいもので、留まるところを知りません。

もはやそれは悪意と言ってもよいほどで、その矛先は「ノルウェイの森」を飛び越えて、著者「村上春樹」本人、果てには、小説を肯定する読者にまで及ぶ勢いです。

しかし「名作派」の人たちは、とりたててそれに反論する様子もなく、自分の周りに壁を張り巡らせて、ひそっりと、ひとりで小説を楽しんでいるような、そんな風情です。

そこには、まさに、「根拠のない悪意」と「自閉」という、村上春樹の小説世界そのものの図式が浮かび上がってくるようです。

村上春樹氏は「日本文学には残念ながら僕が求めているものはなかった」というニュアンスのことをどこかに書いていますし、人の情念をどこまでも深く追究して表現しきる、日本文学の伝統ともいえる名作の数々には、確かに惚れ惚れするものがありますが、単に、著者「村上春樹」はそこを目指してはいない、ということでしょう。

「駄作派」の方々には、著者「村上春樹」が表現しようとしているものは何であるのかを汲み取ろうとするやさしさが、もう少しあってもいいように思いますし、「名作派」の方々には、自分を惹きつけるものは一体何なのか知ろうとする意志を持ち、「駄作派」の人たちの土俵に、多少なりとも歩み寄ろうとする、そんな勇気も必要なのでは、と思います。

そして、ちょうどそのあたりにこそ、村上春樹の表現したいものも、あるのではないでしょうか。


レビュー2

「ノルウェイの森」は、率直に言って好きです。

「ノルウェイの森」の結末も序盤からわかってしまいますが、綺麗な表現でところどころ切ないです。

とくに蛍の光を眺めて、それに手を伸ばす箇所が美しく、主人公の男の子の寂しさが伝わります。

けれど私はあまり「可愛いよ」だの「好きだよ」だの、違う相手にぽんぽん言える勇気はありません。

章が変わるごとに別の女の子に「好き」と言っていますが、だったら直子が去ってから会わなければいいのに、死んでから会えばいいのに、と思ってしまいます。

よく喪失と再生の対比を売りに小説が販売されますが、この作品「ノルウェイの森」は概ね喪失ですね。

緑が再生側に立っているかどうかも疑問です。

むしろ主人公は緑を手にする機会を取り損ねたように思えます(もちろん緑もワタナベ君を取り損ねている)。

下巻の最後に「どこでもない場所で緑を……」とありますが、場所(自分のいる位置)も失っている。

キャッチ・コピーは素敵ですけど、「物語の終わりはどうであれ、前向きに行こう」という方にはおススメしません。

切なさを煽るキャッチ・コピーには騙されず、作品自体と向き合ったら考えさせられる作品ではあります。




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1Q84 BOOK 3 村上春樹著

1Q84 BOOK 3 村上春樹著


原作:村上春樹

出版:新潮社(単行本)602ページ

発売:2010/4/16







1949年にジョージ・オーウェルは、近未来小説としての『1984』を刊行した。

そして2009年、『1Q84』は逆の方向から1984年を描いた近過去小説である。

そこに描かれているのは「こうであったかもしれない」世界なのだ。

私たちが生きている現在が、「そうではなかったかもしれない」世界であるのと、ちょうど同じように。

そこは世界にただひとつの完結した場所だった。

どこまでも孤立しながら、孤独に染まることのない場所だった。




レビュー1

雑誌に特集が組まれ、謎解き本が出版されなど、何かと話題の本作だが、いくら細かく切り刻んだり結びつけたりしてもこの本「1Q84」がなぜこれだけ人気なのかを説明できているわけではないと私は思う。

これまでのレビューにあるように、女性の体の描写に不快感を抱く読者がおり、文学の死を叫んだり、社会に対して襟を正せとどなったり、宗教を分かってないなどとこき下ろしたりとさまざまだが、この作品「1Q84」に求めているものが読者によって異なっているということだろう。

レビューにとらわれずに読んで、楽しんでほしいと私はお薦めする。

★5つのレビューが参考にならなかったと切り捨てられることが多くとも、あえて減点無しでお薦めしたい。

迷っているのなら読んでみたらどうだろうか。

この小説「1Q84」は創作であり、著者「村上春樹」が有名だからという理由で比較対象とされる現実の物事に対する配慮や正確性を求められる必要はない。

性的な表現もいつもの村上春樹氏の味だ。

主人公はクリーンである必要はなく、対抗する宗教団体も「悪の組織」でなければならない理由はない。

読む側がそこに個人的な規範を持ち込むから、そのように不ぞろいな反応が起こるのだ。

あわせて千数百ページの長編を概観することは不可能だが、この物語「1Q84」を通して作者が語りたかったことのひとつはこうだと想像する。

現実社会が実は曖昧で不安定であり、人々は揺るがない(ように見える)枠に自ら入り込んで生きたがり、その中で正しいと思われた価値観が、枠の外では反社会的であったり、違法であったりする。

それを描くことで、人々は社会の成り立ちの不確かさや目に見える物事の裏に隠された「深み」に思いをはせることができる。

文学的であることは、公平公正で正義を身にまとい、理想を標榜することとは無関係だ。

まして、勧善懲悪的な構図やスリルを演出することとも違う。

ストーリーに入り込んで楽しめたこと以外に私が面白いと思ったのは、著者本人のものと思われる哲学的な認識が登場人物によって語られていることろだ。

特にBook1の第22章にある「時間と空間と可能性の観念」を人間が脳の発達によって獲得したという記述とそれに続く説明については私の考えに近く、納得したところだ。

全体を通してヤナーチェック作曲の「シンフォニエッタ」が登場する。

この曲を私は高校の頃、実際に演奏したことがある。

Book1の冒頭にこの曲が登場したとき、その重厚な響きを頭の中で蘇らせることができたことも、この小説「1Q84」に入り込むことができた要因のひとつだろうと個人的に思っている。

もちろん、この作品「1Q84」に登場するいかなる曲や文学作品に触れたことがなくても、ストーリーを、とりあえず目の前に広がった現実として読み進めれば、最後まで飽きることなく読み通してしまうことだろう。

小説は解釈より「ノメリコミ」が大切!

読み進めている最中の気持ちが大事だ。

ストーリーを追体験してつかの間の楽しみを得るためにこそ小説は読まれるべきだと私は思う。


レビュー2

今更ながらbook3を読了。

別な世界に迷い込んで、現実には起こりえないと思えるようなことが自分の身に降りかかり、それが起きた理由は説明できない。

むしろ、意味などはじめから存在していない。

人の身に降りかかることすべてに、意味があるのが当り前のように思いがちだけど、そんなわけないじゃない。

個人的には他の村上春樹さんの作品を読んで感じるのはそんなことが多いが、これもまさにそう。

むしろbook2で終わっていてもそれは作品としてありだと思っていた。

しかしあえてbook3を出され、少しでも読者に対して謎を残さないように配慮されたのではないかと思えるほどでした。

これはネタバレになってしまうのかもしれないけど、個人的にはハッピーエンドで話が完結しているようにみえて、少々驚いています。

もっと何か、すっきりしたのかしないのかわからないような感じになるのかと思っていたので、意外に思っています。

明るい未来がイメージできるような結末は私は好きなので、★5つにしました。

長編ですが、どの作品もそうですが、これも読み込む価値はあると思う。




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1Q84 BOOK 2 村上春樹著

1Q84 BOOK 2 村上春樹著


原作:村上春樹

出版:新潮社(単行本)501ページ

発売:2009/5/29







1949年にジョージ・オーウェルは、近未来小説としての『1984』を刊行した。

そして2009年、『1Q84』は逆の方向から1984年を描いた近過去小説である。

そこに描かれているのは「こうであったかもしれない」世界なのだ。

私たちが生きている現在が、「そうではなかったかもしれない」世界であるのと、ちょうど同じように。

Book 2

「こうであったかもしれない」過去が、その暗い鏡に浮かび上がらせるのは、「そうではなかったかもしれない」現在の姿だ。




レビュー1

「1Q84」・・・駄作ならば、最後まで読めるはずがないわけで。

酷評することで自分に酔っている人がここに大勢存在していて、私にはそれこそに1Q84が社会現象とまでなったことを知らされます。

1とは違い、2の舞台は完全に1Q84なる世界なのですが、そこはよくできたSFほどには世界が構築されておらず曖昧で。

精神世界を描くも混濁し。

性描写は居心地が悪く。

登場人物も魅力なく、ゆえに誰が死のうが構わないくらい。

普通なら、そんな作品読むわけないはずなんですが。

それでも1Q84の世界で起きるすべてを見届けたくなる。

これを才能というのでしょう。

村上春樹作品を読むと、頭のなかがぐちゃぐちゃになるのですが、その感覚を味わうのも醍醐味ですね。


レビュー2

「1Q84」BOOK3が出てから読んだので助かったが、もしその前に完結編として読んだら、相当悩んだことだろう。

例えば天吾の母については何も明らかにされていない。

問題は解決していないじゃないか、と。

だが、そこで物語は私たちに問いかける。

じゃあ、あんた自身の問題は解決したのかい。

あんたの人生のもやもやは、すっきり落ち着くところに落ち着いているのかい。

問題を解決しろ、と私たちは叫ぶ。

普天間問題を決着しろ!と。

プランが示される。それじゃ解決になっていない!

もっとちゃんと解決しろ!

じゃあどうすればいい?と問い返される。

私たちは怒り出す。

解決するのはあんただ、私じゃない。

答を出すのが小説の役目じゃないと、村上春樹は本文中に意見を滑り込ませている。

「物語としてはとても面白くできているし、最後までぐいぐいと読者を牽引していく」としたら物語としてはそれで十分なのではないかと。

銃が出てきたら、それはいつか発射されなければならない。

美少女が出てきたら、彼女とはいつか運命的な関係が結ばれなければならない。

なぜならそれが小説の王道だからだ。




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